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2010年 03月 27日

秋田行き急行「鳥海」 追想

最近、昔のことを懐かしく思い出すことが多くなっています。ちょっとアブナイでしょうか?(笑

数十年も昔、ある山岳会に所属していた私は、土曜日の仕事が終わると山仲間と待ち合わせ、上野駅13番線に急ぎました。そこにはスハ43系を中心とした上越回り秋田行き夜行急行「鳥海」が牽引機EF58を一端に連結して待っていました。上越国境の谷川岳に岩壁登攀に行くのですが、普通列車で行って土合で降りたのでは睡眠時間が取れないため、急行鳥海で水上まで行き、水上からタクシーで湯檜曽川一ノ倉沢出会まで入って仮眠するのです。

やがて、鳥海は村上や秋田へ向かう一般客を乗せて夜の上野を離れますが、EF58の次位のスハフ42が私たちの指定車輌でした。空いているときは座席で眠っていきますが、土曜日夜の鳥海は熊谷・高崎への退勤列車でもあったために時として混んでいることがあり、そんなときは車端のデッキに陣取ってEF58のジョイント音を堪能していました。客車の貫通扉を開けると機関車のナンバープレートが目の前に見えていましたが、鳥海を牽引して夜の高崎線を疾駆する山線仕様のゴハチはブルーの車体にクリームの警戒色と長いつらら切りの庇。当時はよく分からなかったのですが、長岡の所属機だったのでしょうか?

EF58独特の2-C-C-2の軸配置によるダダン、ダダダダダダ、ダダンという重々しい10連ジョイント音が響き、続いてスハの軽いタタン・タタンというジョイント音が今でも懐かしく想い起こされます。列車は高崎を後に渋川を過ぎ、沼田、水上と次第に高度を上げていきます。利根川が上越線の線路に纏わりつくようになり、カーブと鉄橋が増えてきます。やがて、対岸に水上温泉郷の妖しげな灯りが見えるようになると、下車駅水上に到着です。上野を10時頃出発して、日にちが変わる前に水上に着けましたね。

当時の私たちは先を急ぐことに夢中で、ろくに確認しなかったのですが、鳥海はここで前部に補機EF16を連結していたのでしょうか?当時は既に新清水トンネルが開通していましたから、湯檜曽のループを登ることはなかったはずですが、新潟側では土樽から越後湯沢~石打に向かって急勾配を駆け下りますから、回生ブレーキ付きのEF16の補機は必須だったのでしょうね。

私たちは水上駅前で遅くまで開いている食堂でなべやきうどんを食べ(これが岩場で事故を起こさない為のジンクスになっていました)、タクシーに乗り込みました。

翌日、早朝から一ノ倉沢の烏帽子岩中央稜や中央カンテを登攀し、午後、疲れた体で土合駅に降りてきて70系のローカル電車で水上に出て、急行佐渡で帰京していました。体はくたくたでしたが、充実していましたね~。

by nari-masa | 2010-03-27 21:07 | 回想 | Comments(0)
2010年 03月 26日

16番電関 EF58(旧車体)追想

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画像と記事はあまり関係ありません。ただのオヤジの想い出話です。

その昔、まだ高校生だった頃、16番の鉄道模型をやっていました。線路は篠原のR610(24")プラ道床レールを木のベースに打ち付けて使っていましたが、唯一手動転轍式のダブルクロッシングがありました。

車輛は専らペーパーモデルを組んだもので、電車は小高のモハ80系、モハ165系(153系の塗装変更、後に車体をカワイモデルの真鍮製153系未塗装ボディに乗せ換え)、自作の東武6000系。当時はケント紙を切り抜いて作る印刷済の1/80型紙を売ってましたが、そこに載っていた東武6000系の窓割りがモハ80と同じピッチであることに目を付け、ボディは小高製のモハ80を流用して窓寸法のみ変更して製作。因みにこの東武6000系はTMSに作例として掲載されました。床下機器は当時の資料ではよく分からなかったので、当時浅草にあったロコモデルのおやじさんに聞いたら快く教えてくれました。動力は製作時はエンドウのV型モーターとインサイドギヤでしたが、後に天賞堂のパワートラック・タイプⅠに換装しました。

客車はナハ10系(材質はサンロイドというセルロイド板のようなもので、大阪の高槻にあった模型店で修学旅行のついでに購入)、ペーパーのオシ16、カワイモデルのスハ43系(未塗装モデルを買ってきてラッカーを手塗りしたものと16m級フリーランスモデルを切り継ぎして20mにしたもの)、一輛だけピノチオ製真鍮キットを瞬間接着剤で組んだものがありました。当時も今も半田付けは全くうまく出来ません。特にシルヘッダーや雨樋が熱で伸びるのは手に負えません(笑)

これを牽く機関車ですが、蒸気機関車はカワイのC11タイプ、タンク機ですが全然似ていませんでしたね。何せコネクティングロッドが第3動輪に繋がっていましたから。どうやらマレー式機関車の片割れを流用したものらしいです。

で、電気機関車ですが、天賞堂やカツミのスケール電関は当時も今も高嶺の華。とても手が届きませんでした。といってフリーのEB58やED100では満足できない、というわけで、当時東京の荒川区にあった永大というプラモデルメーカーが発売した1/80サイズのEF58プラモデルのボディに、水道橋にあった鉄道模型社のEF58用インサイドギアを組み込んで鉄道模型化したものを作って持っていました。これもTMSに紹介されましたが、「鉄道模型社製の銀メッキギラギラのパンタが却って車体がプラ製であることを忘れさせる」なんて書かれました。

永大ではその後、何とデッキ付きの旧車体のEF58(EF583)と一軸先台車のEF15を発売しましたので、早速この車体に載せ換えました。つまり実車と逆をやったわけですね。こうして憧れのデッキ付き旧形電関が手に入ったわけです。軟質プラ製の手摺はグニャグニャでしたが。EF15も普通の2軸用インサイドギヤで片台車のみ駆動させ、何とか走るようにしました。動輪はスポーク動輪が高価なため、プレート車輪でしたが。

ところでこの永大、その後Nゲージに参入しましたが倒産、鉄道プラモデルの金型は有井製作所に引き取られ、今でも一部は販売されています。あれからン十年、そんな因果を持つ有井の電関を購入するのも、何かの因縁を感じます。

この他、前に書いたED92がありました。

これらの懐かしき16番車輛たちは、近所のミニ怪獣どもの餌食にされ破壊された80系4連を除いて、今でも実家の物入れの奥深く、静かな眠りについている筈です。ばあちゃんが捨ててなければ(笑)

またいつか、16.5mm線路に谺するカツミのDV18-Cモーターと1:20ウォームギア、今は亡き鉄道模型社の3軸駆動インサイドギア×2の雄々しき咆哮を聴くことができるでしょうか?

今のNゲージモデルが実に静かにスムースに走るのを見るにつけ、「昔の自作16番車輌はもっと爆音を立てて走ってたよな~。合板製道床のレールはジョイント音も派手だったし・・・」と、ふと懐かしくなって書き綴ってしまいました。

by nari-masa | 2010-03-26 21:55 | 回想 | Comments(0)
2010年 03月 22日

旧型電関試走

EF15とEF56の初期整備が完了しましたので、テーブルレイアウトで試走しました。とりあえず牽くものがないので、甲種輸送もどきで京急2100形を引かせました。年代的にありえないのですが、そこは模型ですから(笑
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EF15はヤマ線仕様だと屋根上のメリハリに欠けるので、暖地仕様にしてホイッスルを交換しました。そのうち避雷器や信号炎管ともども真鍮挽物にでも換えようかと思いますが、いまはとりあえず製品付属のものにしました。スノープロウは取り外して排障器を出し、カプラーをナックルタイプに交換してあります。EF15の前照灯はかなり低電圧から点灯するので、走り始める瞬間に点灯し、なかなか実感的です。
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ナックルカプラーはカトーカプラーNと連結ができます。カトカプNはマグネマティックとも連結できますので、この3者は相互連結可能ということになります。
続いてEF56-12宇都宮区です。
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こちらもなかなかシャープな仕上がりです。パンタの金がちょっと目立ち過ぎか?そのうちEF15と一緒にカッパーを差すことにしましょう。急客機の大きなデッキはやっぱりカッコエ~ですな~。
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前面です。この機は庇無しですね。関水よりは前照灯の点灯が遅く、また少し暗いです。
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側面。有井の印刷技術は大したものですね。一部の方は別として、これだけはキット組立、インレタ貼り付けでは再現できないような気がします。
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こちらは仮にカトーカプラーNに換装しましたが、少し取り付け高さが低くなります。そのうちナハ11かもめナックルにでも交換します。また、実は一番心配していたところなのですが、走行性能上、この機は旅客用旧型F級機のモデルに付いて回る問題をかかえています。先輪にかかる重量が軽いため、脱線しやすいのです。貨物機は先輪が一軸なので主台枠に直接付いており、大きな左右動を許しているだけなので脱線しにくいのですが、旅客機の先輪は2軸ボギー台車なので首を振る構造にせざるを得ず、上には軽いプラ製のデッキがあるだけで車体の重量は掛かっていません。線路状態が悪いとたちまち先輪が外れてしまいます。車軸に補重が可能か、ちょっと検討してみます。
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しかし、さすがにEF56で京急2100を牽くというのは、ありえませんね~。少し旧客を増備しなければ、と思いつつ、じつはEF57、EF50、ED54が欲しくなっています。EF57はオークションでも手に入りそうですが、EF50は真鍮製しかないですね。ED54なんかキットすらないです。でも欲望のままに買ってたら確実に財政破綻しますからね~。

by nari-masa | 2010-03-22 22:47 | 旧型電関(N) | Comments(0)
2010年 03月 13日

「北陸」終焉

 ついにこの日を迎えました。今日はテレビでも繰り返し放送され、富山県出身の落語家、○川○の輔さんが富山駅の下り線ホームに立って、18歳の時に夜行寝台列車で上京したときのことを語っていましたが、ついに北陸線の上野行き夜行寝台特急列車「北陸」が廃止されることになりました。残念なことに北陸の最期を撮りにいく気力がありませんでしたが・・・
 北陸地方に限らず、日本の田舎では鉄道ダイヤが改正されると最寄の駅時刻表が新聞折込で配布されることが多いと思いますが、こちらでも明日から(もう「今日」ですが)の高岡駅時刻表が配布されました。
 まず、今まで壁に貼ってあったものです。
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 次に、明日から有効のものです。
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 22:53発の「北陸」が消えており、22:45発の急行「能登」が23:00に時刻変更になった上、◆運転日注意(不定期列車化)および全車指定席になっています。新しい能登の上野着は6:19で改正前の「北陸」と同じ。長岡からは「北陸」のスジで運転されるのでしょうか?「能登」は急行なので停車駅は異なると思いますが、電車列車ですから多少停車駅が増えても機関車牽引の「北陸」と同等の表定速度を維持するのは容易いでしょう。
 また一つ、栄光の夜行寝台特急列車の歴史に幕が下ろされました。北陸の14系寝台車は相当に車体の腐食が進んでいました(はっきり言って錆びでボロボロでした)から、多分このまま廃車されるのでしょう。夜行列車が廃止になっても昼行の「はくたか」の本数と時刻はほとんど変わりません。それほどに夜行廃止の影響は小さいということなのでしょうね。なにはともあれ、お疲れさまでした。
 できれば「能登」は「きたぐに」同様に583系でロネ、ハネとハザの混成にして欲しかったところですが、「きたぐに」は大阪~新潟間在来線経由のため、東海道~上越新幹線乗り継ぎに較べて格段に安く、それなりに需要のあるのと異なり、「能登」はと言えば格安の高速夜行バスが東京~富山間を3000円台で多数運行されている状況下、ほとんど需要のない状態での不定期列車化ですから、まず無理でしょうね。

by nari-masa | 2010-03-13 00:36 | 旅行 | Comments(0)
2010年 03月 07日

「茶釜」入場

北陸分廠に初めての機関車が2輌、入場しました。まだ未整備なので、入線でなく入場ですね。
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慌てて撮ったのでちょっとボケてます。
機種は国鉄旧型F級電気機関車の貨物機EF15(関水)とゴーロクこと宇都宮の旅客機EF56-12(有井)です。シブイですね~。デッキ付きF級機は小さい頃からの憧れでした。これの新品がNゲージとは言え5~6千円台で手に入るのですから、いい時代になったものです。

電気機関車、最近は電機とかELとか略しますが、私にとって電機とはEF60以降の新型機(もはや新型とは言えませんが)のことであって、ゴハチ以前の旧型機はデンカン(電関)と呼ぶのがしっくりきます。もっともWikiなんかでは電関とは電気機関車のフリーランスモデルのことと書かれていますけど、そうだったかなあ?実物もフルスケールモデルも電関と呼んでいたように思いますが。
まあ、よく考えてみれば、蒸気機関車は蒸機であって蒸関ではないし、ディーゼル機関車もD関ではないですから、電気機関車だけ電関と呼ぶのは不思議な気もしますが、何せ物心ついたころから模型雑誌には電関と書かれていたのですから。何の疑いも持たずデンカンと呼んでいました。

しかし、今まではなぜか憧れのデンカンに手を染めてきませんでした。曰く、サイズがスケールより大きすぎるとか、ヘッドライトと避雷器が一体なのはおかしいとか、エアータンクは台車についてねぇ、とかいう理由で。しかし、Nゲージモデルでもここまでくるとすごいですね。さすがに食指が動きます。

さて、EF15ですが、本来は貨物機です。しかし、あまり貨車には興味がなく、どうしたものか・・・?ホキかタキをひかせるのもいいですが、いっそのこと、EF13の代わりに昭和30年代中央東線の旅客列車でも引かせてみましょうか。次位に暖房車マヌ34、そのあとはオハ35系、オハ61系客車の6~7両で。オロハネでも1輌入れれば、気分は準急「穂高」か急行「上高地」、といったところですね。

ま、客車の増備はおいおい・・・

by nari-masa | 2010-03-07 23:26 | 旧型電関(N) | Comments(0)