新湘南電鐵 横濱工廠archive

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カテゴリ:回想( 8 )


2014年 11月 21日

”旧”湘南電鐡の変電設備、線路、部品類

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"旧"湘南電鐡の車輌たち、
電車編
機関車編
客車編
に続く"旧"湘南電鉄シリーズの最終回はコントローラー、線路、部品類です。
まずは変電所です。最大出力DC17V,3Aを誇ります。
これは実はパワーパックのキットを購入して組んだもので、アルミのパネルもキットに含まれていました。
左上のシールは昔の関水金属の車輌シールですが、私が貼ったのか子供が貼ったのか分かりません。
続きは下からどうぞ

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by nari-masa | 2014-11-21 20:33 | 回想 | Comments(2)
2014年 11月 19日

”旧”湘南電鐡の保存車輌(客車編)

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"旧"湘南電鐡の車輌たち、
電車編
機関車編
に続き、車輌の最後は客車編です。
前回の機関車編もアレでしたが、この辺から更に妖しい世界になっていきます。
トップはあえてヘロヘロなペーパーモデルのオシ16です。もはや記憶も曖昧なんですが、
多分、書店でHOサイズの型紙集を買ってきて切り抜いて作ったものです。窓隅のR部は彫刻刀で抜いたのでへこんでいます。
旧・湘南電鐡でもかなり初期の車輌で、屋根も紙製なんですが曲げグセをつけるために裏から引いた鉛筆のスジが残ってしまっています。
当時はサーフェーサーなんて知りませんでした。ラッカーパテ?何それおいしいの?でもレバーのパテも知らなかったけど(^^;;
同時期に115系とか581系もペーパーで作ったのですが、全て廃車処分にされています。
オシ16なので生き残ったのでしょうか?台車はTR55です(メーカーは小高かカツミか日光モデルか?)。
そういえば先日の東武6000系、台車は日光モデル製でした。
続きは下からどうぞ。

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by nari-masa | 2014-11-19 07:29 | 回想 | Comments(2)
2014年 11月 16日

”旧”湘南電鐡の保存車輌(機関車編)

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前回の
”旧”湘南電鐡の保存車輌(電車編)
に続いて機関車編です。
さすがに半世紀前と言えど機関車は完成品はおろかキットすらも高価で、かつ作るウデがなかったためブラス製はありません。
現在当廠に保存されている旧・湘南電鐡(16.5mmゲージ)の機関車はEF15とEF58旧車体で、いずれも当時「永大」というプラモデルメーカー(その後、70年代にNゲージに参入して倒産、東京都荒川区にあった町工場でした)が発売した1/80プラモデルを動力化したものです。なお、その永大プラモデルの金型の一部は有井製作所(マイクロエース)に引き継がれ、現在でも販売されています。
これ以外に「オリエンタル」というメーカーが発売したED92(ED46の形式変更後)プラモデルを動力化したものとカワイモデルのC11"もどき"がありましたが、今はもう失われています。
例によって画像が多いので、下からどうぞ。

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by nari-masa | 2014-11-16 17:16 | 回想 | Comments(8)
2014年 11月 15日

”旧”湘南電鐡の保存車輌(電車編)

久里浜の湘南電鉄デ1形の話ではありません。悪しからず。
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弊Blogは「"新"湘南電鐡」を名乗っておりますが、それでは「旧湘南電鐡」はあったのか、という疑問を持たれる方もごくごく稀にはいらっしゃるかと思います。ま、ほとんどいらっしゃらないでしょうが。
そこで、今回は”旧”湘南電鐡の保存車輌をご紹介したいと思います。これをご覧になると、現在の新湘南電鐡にどうしてこの車輌があるのか、が何となく見えてくるかと思います。
当電鐡が16.5mmゲージから9mmゲージに改軌したのは1975年頃ですから40年~半世紀前の鉄道模型ですが、まともを目指しながらまともなものは一つもなく、いずれもクセのある車輌たちです。まずは電車編から。
ここから画像だらけですので、下からどうぞ。ちょっと似たような画像が多すぎますが、数十年ぶりに顔を見た、そしてまた暫くは引っ張り出さない車輌たちですので、Blog主の思い入れに免じてどうかご勘弁ください。

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by nari-masa | 2014-11-15 08:28 | 回想 | Comments(4)
2013年 07月 11日

加越線……

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この本、買ってしまいました。何処にでも売っている訳ではなくて、おそらくは北陸の中の極一部の地域でだけ売られているものだと思います。
加越能鉄道加越線。かつて富山県西部、砺波地方に存在した鉄道。加賀と越中を結ぶ構想の元に開業し、北陸本線の石動駅と木材の集散地庄川町(青島町)を結んでいましたが、モータリゼーションの波に押され、昭和47年に過去帳入りしました。現在は一日6便ほどの代替バス路線にその名を残すだけとなった非電化地方私鉄です。
なんでこの本を購入したか?私は6年間ほどこの線の廃線跡(廃駅跡?)に建ったアパートに住んでいたことがあるのです。加越線最大の遺構である城端線をオーバークロスする鉄橋はサイクリングロードになっており、朝の散歩コースでした。今はもう仕事で富山に行く折に城端線の車窓から見るだけとなってしまいましたが、書店でこの本を見かけて懐かしさのあまり速攻で購入してしまいました。

7/12少し追記しました。
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by nari-masa | 2013-07-11 22:33 | 回想 | Comments(0)
2010年 09月 12日

まもなく1年

 このブログを始めたのが2009年9月15日ですから、まもなく1年になります。思えば後半分は電気機関車の分解ばかりしておりましたが、一方、当初に掲げていた京急500形は未だ完成を見ておりません(汗)。やはり塗装がネックですね。
 ご訪問戴いた方も本日で延べ7000人を超えました。現在ご来訪戴いている方は殆ど本ブログをブックマークされている方と思いますが、今後とも宜しくお願い致します。また何か御質問等ございましたら遠慮なくお寄せください。出来る範囲で回答させて戴きます。これからも無理のないようにのんびりと続けていきます。
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by nari-masa | 2010-09-12 22:17 | 回想 | Comments(0)
2010年 03月 27日

秋田行き急行「鳥海」 追想

最近、昔のことを懐かしく思い出すことが多くなっています。ちょっとアブナイでしょうか?(笑

数十年も昔、ある山岳会に所属していた私は、土曜日の仕事が終わると山仲間と待ち合わせ、上野駅13番線に急ぎました。そこにはスハ43系を中心とした上越回り秋田行き夜行急行「鳥海」が牽引機EF58を一端に連結して待っていました。上越国境の谷川岳に岩壁登攀に行くのですが、普通列車で行って土合で降りたのでは睡眠時間が取れないため、急行鳥海で水上まで行き、水上からタクシーで湯檜曽川一ノ倉沢出会まで入って仮眠するのです。

やがて、鳥海は村上や秋田へ向かう一般客を乗せて夜の上野を離れますが、EF58の次位のスハフ42が私たちの指定車輌でした。空いているときは座席で眠っていきますが、土曜日夜の鳥海は熊谷・高崎への退勤列車でもあったために時として混んでいることがあり、そんなときは車端のデッキに陣取ってEF58のジョイント音を堪能していました。客車の貫通扉を開けると機関車のナンバープレートが目の前に見えていましたが、鳥海を牽引して夜の高崎線を疾駆する山線仕様のゴハチはブルーの車体にクリームの警戒色と長いつらら切りの庇。当時はよく分からなかったのですが、長岡の所属機だったのでしょうか?

EF58独特の2-C-C-2の軸配置によるダダン、ダダダダダダ、ダダンという重々しい10連ジョイント音が響き、続いてスハの軽いタタン・タタンというジョイント音が今でも懐かしく想い起こされます。列車は高崎を後に渋川を過ぎ、沼田、水上と次第に高度を上げていきます。利根川が上越線の線路に纏わりつくようになり、カーブと鉄橋が増えてきます。やがて、対岸に水上温泉郷の妖しげな灯りが見えるようになると、下車駅水上に到着です。上野を10時頃出発して、日にちが変わる前に水上に着けましたね。

当時の私たちは先を急ぐことに夢中で、ろくに確認しなかったのですが、鳥海はここで前部に補機EF16を連結していたのでしょうか?当時は既に新清水トンネルが開通していましたから、湯檜曽のループを登ることはなかったはずですが、新潟側では土樽から越後湯沢~石打に向かって急勾配を駆け下りますから、回生ブレーキ付きのEF16の補機は必須だったのでしょうね。

私たちは水上駅前で遅くまで開いている食堂でなべやきうどんを食べ(これが岩場で事故を起こさない為のジンクスになっていました)、タクシーに乗り込みました。

翌日、早朝から一ノ倉沢の烏帽子岩中央稜や中央カンテを登攀し、午後、疲れた体で土合駅に降りてきて70系のローカル電車で水上に出て、急行佐渡で帰京していました。体はくたくたでしたが、充実していましたね~。
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by nari-masa | 2010-03-27 21:07 | 回想 | Comments(0)
2010年 03月 26日

16番電関 EF58(旧車体)追想

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画像と記事はあまり関係ありません。ただのオヤジの想い出話です。

その昔、まだ高校生だった頃、16番の鉄道模型をやっていました。線路は篠原のR610(24")プラ道床レールを木のベースに打ち付けて使っていましたが、唯一手動転轍式のダブルクロッシングがありました。

車輛は専らペーパーモデルを組んだもので、電車は小高のモハ80系、モハ165系(153系の塗装変更、後に車体をカワイモデルの真鍮製153系未塗装ボディに乗せ換え)、自作の東武6000系。当時はケント紙を切り抜いて作る印刷済の1/80型紙を売ってましたが、そこに載っていた東武6000系の窓割りがモハ80と同じピッチであることに目を付け、ボディは小高製のモハ80を流用して窓寸法のみ変更して製作。因みにこの東武6000系はTMSに作例として掲載されました。床下機器は当時の資料ではよく分からなかったので、当時浅草にあったロコモデルのおやじさんに聞いたら快く教えてくれました。動力は製作時はエンドウのV型モーターとインサイドギヤでしたが、後に天賞堂のパワートラック・タイプⅠに換装しました。

客車はナハ10系(材質はサンロイドというセルロイド板のようなもので、大阪の高槻にあった模型店で修学旅行のついでに購入)、ペーパーのオシ16、カワイモデルのスハ43系(未塗装モデルを買ってきてラッカーを手塗りしたものと16m級フリーランスモデルを切り継ぎして20mにしたもの)、一輛だけピノチオ製真鍮キットを瞬間接着剤で組んだものがありました。当時も今も半田付けは全くうまく出来ません。特にシルヘッダーや雨樋が熱で伸びるのは手に負えません(笑)

これを牽く機関車ですが、蒸気機関車はカワイのC11タイプ、タンク機ですが全然似ていませんでしたね。何せコネクティングロッドが第3動輪に繋がっていましたから。どうやらマレー式機関車の片割れを流用したものらしいです。

で、電気機関車ですが、天賞堂やカツミのスケール電関は当時も今も高嶺の華。とても手が届きませんでした。といってフリーのEB58やED100では満足できない、というわけで、当時東京の荒川区にあった永大というプラモデルメーカーが発売した1/80サイズのEF58プラモデルのボディに、水道橋にあった鉄道模型社のEF58用インサイドギアを組み込んで鉄道模型化したものを作って持っていました。これもTMSに紹介されましたが、「鉄道模型社製の銀メッキギラギラのパンタが却って車体がプラ製であることを忘れさせる」なんて書かれました。

永大ではその後、何とデッキ付きの旧車体のEF58(EF583)と一軸先台車のEF15を発売しましたので、早速この車体に載せ換えました。つまり実車と逆をやったわけですね。こうして憧れのデッキ付き旧形電関が手に入ったわけです。軟質プラ製の手摺はグニャグニャでしたが。EF15も普通の2軸用インサイドギヤで片台車のみ駆動させ、何とか走るようにしました。動輪はスポーク動輪が高価なため、プレート車輪でしたが。

ところでこの永大、その後Nゲージに参入しましたが倒産、鉄道プラモデルの金型は有井製作所に引き取られ、今でも一部は販売されています。あれからン十年、そんな因果を持つ有井の電関を購入するのも、何かの因縁を感じます。

この他、前に書いたED92がありました。

これらの懐かしき16番車輛たちは、近所のミニ怪獣どもの餌食にされ破壊された80系4連を除いて、今でも実家の物入れの奥深く、静かな眠りについている筈です。ばあちゃんが捨ててなければ(笑)

またいつか、16.5mm線路に谺するカツミのDV18-Cモーターと1:20ウォームギア、今は亡き鉄道模型社の3軸駆動インサイドギア×2の雄々しき咆哮を聴くことができるでしょうか?

今のNゲージモデルが実に静かにスムースに走るのを見るにつけ、「昔の自作16番車輌はもっと爆音を立てて走ってたよな~。合板製道床のレールはジョイント音も派手だったし・・・」と、ふと懐かしくなって書き綴ってしまいました。
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by nari-masa | 2010-03-26 21:55 | 回想 | Comments(0)